映画レビュー 『パワー・オブ・ザ・ドッグ』│繊細な心理描写と強かな目
こんにちは、管理人のじゃこです!
記念すべき第1回目のレビューは2021年アカデミー賞監督賞受賞作『パワー・オブ・ザ・ドッグ』です!
予告を見ると一見荒っぽい西部劇のように見えますが、主演のベネディクト・カンバーバッチが魅せる繊細な心理描写が後々になってじっくり分かってきます。
そしてよく見返すとかなり伏線がちりばめられているのでピースが繋がるとスッキリする作品でした!
代表スタッフ陣
監督:ジェーン・カンピオン
脚本:ジェーン・カンピオン
製作:ジェーン・カンピオン
ターニャ・セガッチアン
エミール・シャーマン
イアン・カニング
ロジェ・フラピエ
出演者:ベネディクト・カンバーバッチ(フィル)
キルスティン・ダンスト(ローズ)
ジェシー・プレモンス(ジョージ)
コディ・スミット=マクフィー(ピーター)
ほか
受賞歴
2022年 第94回 アカデミー賞 監督賞
2022年 第79回 ゴールデングローブ賞 最優秀作品賞(ドラマ) / 最優秀助演男優賞 / 最優秀監督賞
2021年 第78回 ヴェネツィア国際映画祭 銀獅子賞(最優秀監督賞)
2021年 第47回 ロサンゼルス映画批評家協会賞 撮影賞
2021年 第75回 英国アカデミー賞 作品賞 / 監督賞
各映画レビューサイトの評価
映画.com 3.6/5.0
Filmarks 3.8/5.0
IMDb 6.9/10.0
Rotten tomato TOMATOMETER(映画批評家) 93%
AUDIENCE SCORE(一般視聴者) 76%
批評家からの評価は高い傾向のようです。
あらすじ
舞台は1925年のモンタナ州。
聡明だが威圧的で皆から恐れられているフィルは、弟のジョージと2人で牧場を経営していた。突然ジョージが未亡人と結婚をし、妻ローズとその息子ピーターが家にやってきた。
気に食わないフィルは2人に酷いいびりをするが、ある時を境にピーターに好意的になる。
ピーターを通してフィルが気づいたこと、そしてピーターが企てていたこととは...?
個人的評価
私個人の評価は 3.8/5.0でした!
感想・考察
ネタバレを含みますので、まだ読みたくない方はご留意ください
『さすがアカデミー賞受賞作、壮大な舞台の中で繰り広げられる心理描写が繊細!』と超初心者は手放しで褒めてしまいます。
荒々しい西部劇なのかと思っていましたが、そんな事はなかったですね。
フィルの心理描写
前半は紙で花を作るピーターの事を「女らしい」と軽蔑するフィルに嫌悪感を抱いていましたが、後半はピーターに心を許し色んな事を教えていく様に驚きました。
フィルがピーターに好意的になりロープを作ってあげると言ったシーンだけは何度見返しても何故急に好意的になったのか分かりませんでした。
フィルは1人で川で水浴びしているシーンでは「出ていけ クソ女」とピーターに対して叫んでいます。
少なくともこの瞬間まではピーターに対してよく思っていなかったことが分かります。
ですがその数秒後には次のチャプターに移ってしまい、フィルの心情の変化の流れが掴むことが出来ません。
川でフィルとピーターが遭遇する前、フィルは股間から取り出した白い布でナニかを行い、ピーターは秘密基地のような場所でブロンコの名前が書かれている男性の裸の写真が載った本を見つけます。
フィルが『"1人の空間の秘密"をピーターに知られてしまったのではないか?』と秘密がばらされる不安や恐怖からピーターを丸め込もうとしてカウボーイとしてのあれこれを教え始めたのでしょうか?
公式にもある「長年隠されてきた秘密」とは"フィルがゲイ"であることではないでしょうか。
2022年の現代だからこそあらゆる性の多様性を認めることが出来るようになってきましたが、約100年前の1920年代にはゴリゴリに「男らしさ」「女らしさ」が求められていたと思うので尚更絶対バレてはいけない秘密だったのでしょう。
一説によるとあの白い布はボロンコの匂いが残っていて、それを頼りにナニかをしているのでは?ということらしいです。真相は分かりませんが...
でもずっと自分の股間にしまっていてボロンコの匂いは残るんでしょうか...?
ピーターは「強い」?
この辺りからピーターの印象も変わってきたように思います。
ピーターも序盤はひょろっと頼りない印象でしたが、ストーリーが進むについて実は強かに計画を進める強い目をしている事が何度も見返した時に分かりました。
ピーターの父が彼を「冷たい、強すぎる」と言ったのも今なら分かるかもしれません。
炭疽菌で死んだ牛の皮を剥ぎ、フィルが兎を捕まえようとして時に手を怪我したことを確認して、剥いだ牛の皮を渡す流れは実はピーターの"計画通り"だったのではないか?と推察しています。
牛の去勢も素手で行うのに炭疽菌で死んだ牛には近づくことすらしなかったほど炭疽菌に気を付けていたフィルが、炭疽菌が原因で急死したラストは驚きました。
炭疽菌で死んだ牛にピーターがメスを入れるシーンは最初は「その牛で解剖練習しちゃだめだよ~」と思っていたのですが、ローズが勝手に原住民に牛の皮を譲ってしまって怒っているフィルに対してピーターが「生皮なら僕が持ってる」と言ったところで『あ~~~!!!』とピースが繋がってアハ体験をすることが出来ました。
フィルは皆が答えられなかった山が何に見える?という問いに唯一ボロンコと同じ「吠えてる犬」という回答をしたピーターに運命か好意を感じていたのではないでしょうか。
ピーターはそのフィルの自分に対する好意と自分だけが知っている"フィルはゲイである"という秘密を巧みに使ってフィルを地道に上手く罠にはめたように思えます。
ロープを仕上げる晩に手が離せないフィルに自分も口を付けたタバコ?を吸わせていたピーターの目がやけに妖艶だったのも分かって誘っていたのでしょうか...
ピーターがフィルを殺すように計画していた説が当たりだとして、そもそも何故ピーターはフィルを殺したのでしょうか?
フィルの様々ないびりによりアルコール依存症になってしまった"母ローズを守るため"という理由が妥当でしょう。
実際にピーターは「僕が母さんを守るから」と言っています。
また冒頭の「父が死んだときー 僕は母の幸せだけを願った 僕が母を守らなければ 誰が守る?」というナレーションはピーターによるものです。
ここからは完全に憶測なのですが、ピーターが母を守ったのはこれが初めてなのでしょうか?
ピーターの父はアルコールに依存しており自殺したことが分かっています。
アルコールで荒れる父から母を救う為に父が自殺するように仕向けたのだとしたら...?
ピーターの父がピーターの事を「冷たく、強い」と言ったのはそういった面もあったからかもしれませんね...
ローズとジョージと構成
私の中でピーターの印象が強すぎるのですが、ローズとジョージからもあまりいい印象は受けませんでした。
ローズがフィルにいびられているのを分かりながら1人家に置いて出張に行ってしまうところからジョージはローズの事を本当に愛していないのかなと感じました。
個人的にローズの「(星に手は届かなくても)名前の横に(星を)書いたら手が届くわ」というセリフが作中で1番好きです。
BGM、ちゃんと弾けないピアノ、くしの音、口笛と不穏な雰囲気を醸し出す音が多かった印象も強いです。
後半のBGMはいつ人が殺されてもおかしくないような感じでしたね(笑)
セリフも必要最小限で視聴者の想像をかき立てる作りだったように思います。
タイトルの意味
タイトルの「パワー・オブ・ザ・ドッグ」は旧約聖書の詩篇第22編からの引用だとされています。
「神よ、遠く離れないでください。 私をお救いください。 私の魂を剣の力から、 そして私の命を犬の力から助け出してください」
ジェーン・カンピオン監督はインタビューの中で『犬の力』について「動物のような本能であり、性的で凶暴で、強く危険な情熱のようなもの」と表現したと語っています。
https://www.moviecollection.jp/news/115682/www.moviecollection.jp
つまり「男性性」「男性のエゴ」と言ってもいいのではないでしょうか。
女性や原住民を軽視し他の男たちをまとめあげていた「男性性」の固まりのフィルがピーターに「男性性」を利用されて復讐するストーリーだったのではないでしょうか。
ブロンコは山肌が『吠えてる犬』のように見えたというシーンもこの『犬の力』に関連付けているのでしょうか...
まとめ
アカデミー賞受賞作『パワー・オブ・ザ・ドッグ』、初見では不穏で難解な印象でしたが、何度も見返すと点と点が繋がったように分かって深みを感じた作品でした!
改めて原作小説も読んでみたいです・
最後まで読んでいただきありがとうございました。